2025年08月28日 17時29分
8月24日は母の里宮である蜂城山の例大祭の夜。かっては夜店が出て参道に灯りが絶えなかったと言うが、子供のころの僅かな記憶のみで絶えて久しい。学問の神の天神様が祭られ、長きに亘り子供の書道展が山頂で行われ25日には父兄も登って表彰式が行われた。
祭りの夜の かってはこの燈明が蜂城に灯った

( ふるさと。。小学児童の、この文字が心に沁みる )
2025年08月13日 08時29分

… 御巣鷹山 …
あの8/12の夕刻は山梨に帰省していて、薄暗くなったころ東方に戦闘機のような爆音を聞きました。その後暫くして123便が行方不明との報が入りました。
後日の航跡図によると、尾翼を失いノーコントロールになった123便が大月上空で大型機とは思えない360度の急旋回をして、爆音はその時のものだったのです。
2025年08月04日 15時18分

ミゼレーレの山‥
‥白根南嶺の縦走を目指し、小太郎山から南下して三日目
農鳥岳以南に確たる登山道はない。
広河内岳でミス。左の山陵が自分より高いことで南嶺と判明。
大井川源流へ導かれる踏み跡から広河内まで戻るのも癪に障る
左へハイマツ帯を強引に斜上するが方向が定まらない。
遥か高みに白い枯木があり、あれを目指そうと、ひたすら登る。
ヘッドフォンのFMから 14歳のモーツァルトが父に連れられ
南イタリアの聖堂で出会った 門外不出の調べに心酔し
一度聴いただけで譜面化した天才と 神曲ミゼレーゼ。。
その厳かさと透明感‥深い空に白い枯木が十字架のように見えて
其の登高は召されていくような恍惚感があった。
そのことで私の南嶺は『ミゼレーゼの山』になった
音楽と山は相互関係にあって、山を想えば音楽が奏でられ
また逆に 音楽の調べから山を彷彿とする。
あの白峰南嶺の広大な無人の高地はまさに神曲の導きだった。

白根南嶺の全貌 広大な別天地
あたかも高天原のような白河内の広いピークから尾根が派生、笹山へ行く方向を迷った。
くぼみの向こうに南下する尾根があり、北上してきたらしき登山者がハイマツの中で
ルートを探しているように見えた、農鳥以南で初めて出会った人だ。
2025年07月01日 19時05分
。。 葵の花に 訊いてみる 。。
この葵の花への想いは 思慕といってもいいくらい

私の子供時代 山梨が養蚕の時代を彷彿とさせる立葵の花
それは籠を背負い 蚕の桑の葉を取りに行く 母の姿に重なる

その葵の花が 近年は激減し 子供時代からずっとあった
道祖神の葵も なぜか亡くなってしまった

偲ぶむかしは いずこへと。。
2025年06月15日 20時55分
・・幼い息子を亡くした年の今ごろ
ホタルを川辺に見に行った
帰るとき 一匹のホタルが ずっとついてきた
:: あれは息子じゃなかったろうか、、
ラジオで聞いた この話の哀切に胸が詰まった

蛍も終わりの6月末の夕、実家の兄貴と昔話をした帰り、蛍の居そうな川に寄ってみた。
何十年ぶりの竹藪のある川…そこが幼なじみの女の子が水死した処であることを思い出し、ハッとした。
2025年06月12日 20時32分

2011/6/15 丹後の水田と日本海
山梨に越してきて物足りないのは果樹地帯なので水田が少ないことだ。 この時期になれば田植えの終わった田んぼにカエルの声が賑やかなことだろう。
日本の原風景といえば稲作であり水田なのだと思う、そんな風物詩に飢えている。もう一つは海がないが、代わりに3000m級の山があるから諦めがつく。
2025年06月06日 16時03分
雲に意匠なんて あるはずもない
自分がww雲であることすら知らない
主体も何もないものが 何かの啓示のように見える

翳りのまったくない 切ないほど 真っ白な雲の日

でもそれが なぜ切ないのか わからない

その日の夕暮れに 浮いていた この日のなごり

激しい風を 想起する 最期の陽光に。。

陽光の翳りの雲 その心は、、

ちぎれ雲

日没後 甲斐駒が岳をすっぽり包んだ雲
2025年06月06日 12時36分
2013年6月6日‥
金星の太陽面通過という稀有な現象を見れたのは幸運だった。
神奈川の伊勢原から雲の切れ間だった
次に起こるのは2117年12月10日だから『誰も見てはならぬ』ではなく億万長者が全財産を投じても見られない。
全ての根幹たる時間に究極の公平があるのは、この世の信頼に足ることだ。
しかし膨大な時間を経てこの予測をするのは『現状維持』がされる前提でのことを誰も疑わない‥管理者も規則も、ましてどこにも主体というものがない無秩序の極みのなかに、むしろ秩序の極みがあるのは何故だろう‥
物理法則というのは言わば力学であり、放置された物体は安定する場所に落ち着く‥140億年という 膨大な、永遠と言える時間を経て、合理性の極みである状態に落ち着いたのが
秩序の正体ではないだろうか‥ と天文少年は考えた
でも140億年のその前はどうなってたのか?
そして 無とはなにか(^^)
カメラは何で撮ったんだろう。。と言っても投影法で
それをNikonD3で撮ったと思う
レンズは友の遺品の 300/2.8 +1.4テレコンバーター