‥水道が出た 遠い春の日‥
80半ばの兄と遅い花を見に山間の集落を通る。
兄の山村の暮らしへの洞察は深い。
重川の橋を渡るとき,兄がつぶやく
『あの家はたしか水道を引いた家だ』…
兄は若いとき水道施設主任の資格を持っていた。
開拓地の貧困ゆえに、家庭によっては水道を引くのが遅れ不便な暮らしをしていた。
中古のポンプを手に入れて重川から水道を引いてやったという。まだ七輪の火でパイプを加熱しての工事だった。兄より10歳以上も歳上の夫婦が,台所の,また風呂から蛇口で水が出たときの、その喜びようは大変なものだったらしい。
取水口のメンテナンスを教えてきたというが、
50有余年を経て、その夫婦は未だ存命だろうか…
通り過ぎた気配では、住む人もなく廃屋になっているやも知れない。
耕地を、暮らしを求めての山村に及んだ暮らしが、
いま潮が引くように過疎化が進んでいる。
新緑のなか、ひっそりと静まり返るその家のむかしに、夫婦の、ささやかな幸せに喜んだ遠い日は、たしかにあった
カテゴリー: all | 執筆者: Toshio Kazama