2026-05-2923:13

ツバメの弔問

(   ツバメの弔問   )

もう15年前になる 5月25日の午前、99歳の高齢で息を引き取った母は、いつもの部屋で寝ているように見えました。すると2羽のツバメが入り口から入ってきて、母の上を旋回するのです。ツバメは出口を探している風でもなく、父の表彰状の額や、叔父や叔母の遺影の額に止まり、あたかも寝ている母を見下ろしている様に見えました。   外は暗くなり始め、出ていかないとツバメも困るだろうと思ううちに、近隣の人たちが挨拶に訪れました。ツバメは隣近所の方々の上を飛んだりして,フンを落とさないか心配でした。弔問の人たちが帰ったあと、なぜか一羽のツバメだけが、暗くなった外へ出ていきました。   私はその晩、母の隣に寝ました、枕を並べてというつもりでしたが北枕になると言うので方向を変えました。残された一羽のツバメはどうするのか気になりましたが、夜遅く、母のベッドのあった部屋に移り、そこで一夜を過ごしたのです。   母が亡くなった 深い夜が薄明るくなっていき、やがて鳥の声がし始めました。ツバメはどうするのか。。私はこのツバメが母のように思えました。やがてツバメは意を決した様に明るくなった空にさっと出ていき、空を大きく旋回し、庭先に戻ってきて、再び飛び去っていきました。--- まるで母の魂であるかのような、 このツバメの様子は何だったのでしょうか。あまりにも思わせぶりなツバメの行動はしかし、あくまでも偶然とするのが科学的な態度でしょう。しかし偶然とは、総てを支配している領域です、必然とは、そのなかの下流であり、あらゆる秩序は偶然から生まれたものです。

偶然とは何だろうか。 それこそは人類の叡知を越えた永遠のテーマであり、それはこの世の容れ物、

宇宙の領域に迫ることに他ならないと思うのです。

あの日のツバメの行動はしかし、母の死というできごとへの、ツバメがくれた弔意のように思うのです。

カテゴリー: all | 執筆者: Toshio Kazama