釈迦屋敷跡
右左口(うばぐち)トンネルの上にある旧道の峠から、芦川の谷を挟んで釈迦が岳の山腹を斜上する林道が見えた。
そこから頂稜まで行けそうで、地図をみると頂上から東への尾根筋に「釈迦屋敷跡」とある。。その表示に俄然そそられてしまう。こんな風に、どこか訪れると必ず新たな発見があり,それが新たな目標になり、キリがない。 山のバイトがもうすぐ始まってしまうので、雨上がりの朝に出かけた・
登山道はあるので気は楽だが、折角買った熊スプレーはいつも右手に持って歩く。それがどれだけ「効く」のかは分からないが、向かい風なのは気になった。バイクから急な尾根に取り付くのに壊れた梯子を登る、30mも登ると頂稜の様相になる。しっとりと雨上がりの尾根はうっとりする様相でクマへの警戒も忘れる。右へ尾根が派生するポイントがあり、道標には三方分山へ、とある。精進湖の西にある目立つ山だがそれが尾根続きであることに、この釈迦が岳の魅力的なロケーションを認識する。この尾根から鞍部の旧い峠を越えて三方分山に行きたいと、また次なる願望が生まれ、まったくキリがない。
そこから釈迦が岳までは僅かな登りだった。穏やかな、小広い、慎ましやかな山頂。。家から見える南の芦川の山、初めてのこの地にしばし佇む。。おりしも雨上がりの木漏れ日と、淡い樹間の後ろに綿のような雲。右左口峠から見上げた、あの釈迦が岳に、いまこうして居る幸せに浸ったひととき。
そこから釈迦屋敷跡は南東に尾根を降り、僅かな急登のあと、右へ降った小広い凹地だった。
おりしもうすい霧が漂う、かってここに屋敷があった。と思いたくなる深遠な佇まい。。しかしそれは、あくまでロマンではないだろうか。 そんな例は他の山にもあって。笹子御殿とか赤岩御殿、長者屋敷やら、いずれも史実にはない、情緒的な例えである。実体のない、想像の上での、その地への憧れや美意識はしかし、この世を、その地を愉しむ雅であり知恵だと想う。
しかもこの地には石仏と石碑があって、この地で彫ったとは思えない。。しばしこの「屋敷跡」と称された小天地の霧と静寂に浸り、深遠な想いのひとときを過ごした。。
満ち足りた思いに緩やかな尾根を帰る。樹間に名残の霧が美しく。雲の上に三方分山への尾根が見えてきた。
木陰に黒い物が見え、最近はなんでもそれを生き物として見てしまう我が感性に戸惑う。枝の曲がり具合が腕に見えたり、節穴が目だったり、いささか気味悪い見え方ではある。。しかし今日のこの黒い影は、ホンモノのクマ、かなり大きな成獣だった。距離は30mほど。私の存在を認識していたらしく、逃げて行った。クマとの出会いは大概がそんな感じで、ラジオの音や時折発する大声が存在のアピールになっているようだ。
史実としての「釈迦屋敷跡」が存在したのだろうか。。帰宅し古書を引くと果たしてそれは、幕府により編纂された「甲斐国史」にその記述があった。
230年程の昔、麓の梯(かけはし)という村から担ぎ上げられたという、その他にも敷石などもあり風雨により崩壊するまで屋敷が存在したという。。この記述に出会ったとき、しばし呆然とした。。100㌔近くもあろうかと思える石仏を、どうやってあの山の上まで揚げたのか。全く先人の労を厭わぬ敬虔さと信心に感銘する。あの地への認識を改め、もう一度訪れてみたい。そしてあの尾根を辿り三方分山。。全くキリがない(笑)
カテゴリー: all | 執筆者: Toshio Kazama