2018年11月21日 16時50分
猫撮影用に一眼レフをこうてしもた。もうデジカメ写真はスマホでええ、というのが持論だったんだが、黒猫の子猫が来てからどうもうまくない。真っ黒だからよく映らないんだね。それにコンデジだと、構えてるうちに相手が動いてしまうからどうにもならねえ。面白い動きは一瞬だからタイミングがまったくとれない。スマホでもダメ。そんなに長く構えてられないから、結局、ぼけぼけになる。動きが早い対象は万能のスマホといえども苦手らしい。
そうこうしてるうちに、黒猫はどんどん大きくなっちまう。うちにひと月半前に来た時は700グラムだったのが現在1500グラム。あと半月経ったら若猫で2kgになっちまう。
それまでに子猫時代の写真を撮りたいのだ。で、たどりついた結論が一眼レフ。あれなら一瞬でシャッターがおりる。というても今更、今の重い巨大な(しかもバカに高いw)カメラはいらないから、ネットで中古をググってたら、何とま、10年前のデジカメならズームレンズ付きで1万円ちょいぐらいであるわ。誰かのブログの使用レポートに「女の子が
猫を撮るのにいい」とか買いてあった。なら、これでいいや。
アマゾンで中古を見ると、ニコンD40、18mmから55mmのズームレンズ付きで12000円なり。信じがたい値段だね。600万画素ってなあ、今時のスマホの半分ぐらいの数字だが、なに、アップルがだした30万画素のデジカメから使い始めて、それが原点になっとるから、「当時の20倍もあるじゃん」で問題無し。いちいちカードをパソコンに写して、フォーマットを手作業で変換したりするのも、当時にくらべりゃ何ということはない手間に過ぎない。それなのに、この高性能でコンデジの一番安いのとあまり値段がかわらん。
もう部品がなくて、修理ができないというのがこんなに安い理由の一つらしい。あとは発売当時よく売れて、中古がだぶついているらしいな。
これが壊れるより、多分、こっちがあの世に逝っちまう方が早かろう。問題はこっちの耐久性でカメラの耐久性は問題無し。こわれたらまた1万円で別のボディを買えばよろしい。
光速のアマゾン、夜注文したら次の日の昼前に届いた。すごいねえ。中古品で説明書こそないが(どうせ役に立たんからいらん)、傷ひとつないピカピカではないか。
問題は重さ。レンズ込みで750グラムもある。本格的な一眼レフの重さに比べれば半分以下だろうが、こちらはもう老人だから十分重いのである。試しに散歩に肩にかけて歩いてみたら、重いのなんの。スマホにくらべると鉄アレイを持っていくようなもんだ。
この解決法は、自分の体重を750グラム減らすしかない。というのでこの4日間、毎日1万歩ずつあるいて体重を減らしている。寝る前の値で69kgが目標。現在71kg。あと2kg減らすには、この運動量で1ヶ月かかる。まあ、子猫の写真も撮れるし、一石二鳥だ。
下の写真がスマホと一眼レフの違い。あまり違わない?そりゃそうだ。撮影者の腕は変わらないのだもの。写真は撮影者の腕で決まるのであって、カメラで決まるのではない。カメラのプロ達が、カメラ談義で盛り上がっているのは、ありゃ皆、腕がいいからなんですわい。同じ猫を撮るのに、iPhoneは20枚ぐらいとってやっと一枚がこれ。一眼レフは一度でこれが撮れた。撮影者が楽か否かが猫一眼レフの良さなのである。一万二千円プラス予備電池と説明本で15000円はなかなか良い買い物であったわいと、自分ではおもとるですわい。あはは。
2018年11月16日 21時35分
さて、F君が今も健在でここに住んでいることは分かった。が、その場合の後のことは何も考えてなかった。なんとなく前庭で水撒きでもしててくれたら、「リビングストン博士ですか?」方式で声をかけられたんだが、そもそも、田舎じゃあるまいし、東京の世田谷でそんな展開はまずありえないわ。
はて、どうしたものか? いきなり40年以上前の知り合いが訪ねて来たらどう思うだろう? こっちが懐かしいと思っていても、相手はそう思ってるとは限らないではないか。迷惑かもしれん。金でも借りにきたかとか思われるかなw。もう「何ちゃん、あそぼ〜」という歳じゃないんだっけ。う〜ん。
しかし、だからと言うて、ここまできてそのまま帰るというのもアホらしい…こんな様々な思いが脳みそを駆け巡ったが、体の方が先に反応。「まあ、ええやんけ」と指が勝手に門柱の呼び鈴を押していた。うまくしたら本人が出て来るやろ。
ところが「はい?」というドアホンから返ってきたのは意外に若々しい、というても落ち着いた女性の声。…あ、はずれた…こりゃ奥様に違いないよ。そりゃそうだ。我が家だってドアホンが鳴ったら、まあ家内がでるわいな。0,5秒ほど困ったが、なんとか「Fさんはご在宅でしょうか?」という言葉を絞り出した。「でかけております」と言う。あら、やっぱり、とがっかりしたが、おお、元気で生きとる、よかった〜というホッとした思いも同時にきたね。
これで本日のポタリングの目的は100%達成。マナスル登頂を果たし頂上に日章旗をたてたようなもんだ。しかし、はて、この先、奥様とどう話を続けたらええもんか?シミュレーションゼロだよ。 またもや約2秒絶句。それでも、もうええ歳をした大人であるからなんとか乗り切った。
「そうですか。実は私、その50年ほど前に、Fさんと一緒に台湾に行ったもので、その昔の住所録がたまたま出て来たもので、ひょっとしてまだ当時の住所にお住まいではないかと、自転車で散歩がてら小金井からきたもので…」と一応の説明をした。奥様は「小金井から?それは…」と驚かれる。まあ、通常、自転車で来る距離ではないからねえ。
で、当時、中国語を一緒に勉強していたことをお話しすると、「中国語は今もやってます。今日も新宿へ出かけておりますが、その用事で」という。おお、40余年を経て、彼もまだ中国語の勉強をやっとるんだ。今尚、同好の士であると知って「それは素晴らしい!」という言葉が勝手に飛び出した。「では、お帰りになったらよろしくお伝えください」と言うたんだが、はて、ここまで来ることばっかり考えてその先のことはなんも準備なし。名刺も持っておらんがね。
で、シドロモドロでインターホン越しに自分のケータイの電話番号を伝えて、「もしFBとかおやりなら、たけうちじゅんで検索してくだされば’」というと「いえ、そいういうのはやらないとおもいます」ときっぱり。うん、大人でネットやってるのは3分の1だから、彼が多数派なのである。そっちは諦めて、もう一度、「よろしくお伝えください」と申し上げて、逃げるようにペダルを踏んでその場を離れた。それ以上お話をしていると、奥様も表に出てこられるかもしれないし、そうなったら、50年ぶりの友人の会ったこともない奥様に、もうわしゃ何を話してよいかわからなくなっちまう。奥様にしてみればなんだか変な人が来たと、さぞ驚かれたことと思う。
我ながらちょっとアホみたいな訪問にあいなったが、まあ、こんなもんだ。F君が今だに覚えていてくれるかどうかもようわからんのだから。
かつて、関西育ち、世界を一周してきたえたヒッチハイカーの図々しさもなくなっておるなぁ、まあ年寄りだからこんなもんだわさ。東京生活が、大阪暮らしより3倍以上長くなってしまって、だいぶ性格が変わってしまったのかも。
帰路は、適当に下高井戸をすぎて北上して、玉川上水を三鷹のジブリの森あたりへぬけて戻る。玉川上水は30年前よく走っていたが、三鷹駅の南は知らなかったがいい道だった。若けりゃ走りたいが、まあ、じじいだから自転車でもよしとしよう。途中、結構な陸上競技場みたいな公園があったりしてとてもよい。また来よう。
案ずるよりなんとか。F君からはその日の夜にすぐ電話があり、互いに40余年ぶりに久闊を叙し、K君も交えて近々会うことになった。一枚のボロ名簿から、よくぞ辿り着いたぞ、自分。褒めてつかわす。w(終わり)
2018年11月12日 21時35分
ばあさん悲願の台所工事をすることになった。最初はガス台を交換する程度のはずだったんだが、ガス会社のショールムに行って、まんまとセールスの口車に、自分からのっかっちまって、台所全改造する話になってしまった。
まあ、ばあさんは昔から、それが夢だと言うておったし、あの世に行くまでに一番時間お世話になる場所の一つが台所だし、自分も最近では、結構料理好きになっちまって、調理台は低すぎるし、火口は二つでは足りないから三つ欲しいとか…ってんで、しょうがないねえ。
で、その間台所の品物を避難させるために、わしのゴロゴロしてる部屋を片付ける羽目になったから、この一週間は押し入れから本棚の整理まで大忙し。いらないものをどんどん捨てているうちに、古いノートから一枚の青焼きの紙の住所録がポロリと出てきた。なんと1972年の神田のN学院時代のもので、カードに貼り付けてあったセロテープは黄ばんで粘着力がなくなって剥がれている。それでも一応、名前から住所、電話番号まで読める。当時の青焼き技術はりっぱなもんだ。コピーは確か一枚20円以上かかったが、青焼きはその4分の一だったから、謄写版に代わって結構つかわれておった。まるで”古文書”だわい。
中国語教育で知られたN学院は事情があって一年しか行かなかったが、当時、神田の内山書店の2、3階にあった。確か、今の日中会館の使用をめぐって日共系と中共系のセクトが殴り合いの喧嘩をして、いられなくなって内山書店に間借りしていたのだとおもう。小さなビルの3階にある狭い教室だったが、本気で中国語をやろうという20歳から25歳ぐらいの社会人の生徒が多くて、それぞれに気合の入った勉強ぶりだったから、大学の眠気を誘う授業とは違っておもしろかった。
ボロボロのその住所録を見て、誰彼の顔を思い出した。特に一緒に台湾に旅行にいったF君とK君はどうしておるかしら?名簿の多くのメンバーは、当時は若い”上京人”が多く、あるいは実家から通ってたお嬢さんだから、今はもう当時の住所には住んで居ない。しかしF君なら東京生まれの東京育ちで、世田谷に住んで居た。ググってもわからなかったが念のため画像検索をかけると、お父上の何周忌の集まりで挨拶してるじゃないか。2年前らしいから、今も健在の可能性が高い。
東京の知り合いで父親が家を持っている場合、子供達がその土地を分けて住んでるケースは結構多い。これならこの住所を尋ねれば、少なくともまだ誰か住んでるかもしれないな。世田谷ならそう遠くもないから自転車散歩のついでに探してみようか、とおもっていたら翌日は穏やかな晴れで散歩日和。来週から台所工事が始まると家に居なきゃ行かんから、でかけてみるか、と自転車で、井の頭線の明大前あたりを目指した。
小金井から明大前は、三角形の長辺コースだから、見かけほど遠くない。府中までいって甲州街道沿いに行けば、まあ、ゆっくりいっても1時間半ぐらい。おまけに昔と違って、今はスマホとグーグルマップにナビというありがたいものがあるから、探すのに苦労はいらない。自転車にセットして中国語講座を聴きながらいけばちょうど一週間分勉強することができそうだし一石二鳥であるわいな。(続く)
2018年09月06日 18時46分
5日に婆さんと一緒に、金井克子×前田美波里×中尾ミエの「
カーテンコールをもう一度!」を見に六本木へ。 今の芸能人は全く知らなくて、「鶴瓶の家族に乾杯」出場の、鶴瓶の相方で分かったのはレスリングの吉田沙保里だけ、という爺さんにしては稀有のことです。でも、62年、「可愛いベイビー」でデビューした中尾、73年の「他人の関係」の金井、66年の資生堂ポスターキャンペーンガールで有名になった前田、この三人なら知っとるから。一番若い前田嬢が自分と同年で、あとは2、3歳お年上。三人あわせて210歳を超えるとか。なんせ「レビュー」ですからな。言葉からして、もう死語に近いw。
三人の婆さんの懐メロショーを見に行くつもりだったが、「三人のプロフェッショナルのお仕事ぶり」を見せてもらった。ありゃ、わしらのジムに来る婆さん連とは別の生物だw。イントロでは、三人が「孫の写真見る?」「まだガラケーなの?」「後期高齢者とか、いやね〜」「死んだ親父が必死で盗んだ前田さんのポスターを棺桶に入れた」、などとやってるんだが、中盤後半からは、もう大昔と何も変わらんど迫力で歌い踊り早変わりに、ミエ氏は大掛かりな手品までやってみせた。
考えてみれば、どの方も60年以上、修行してきておられるわけで、つまりは、剣術の達人だの、芸術の名人の技とおんなじで、「芸能人」だからチャラチャラしてるわけでは全然ない。確かにそのつもりでよくみると、上腕の内側の筋肉が張ってないとかあっても、踊ろうが歌おうが、金井、前田両氏のボディバランス、飛んだり跳ねたりしても、体幹は全く揺らがない。風呂場パンツ履くにもヨロけるから、このすごさがようわかる。昔ならボインボインのスラリとした肢体に見とれとったのだが、今やこっちの感動ポイントも違っておるですな。レビュー全盛時代の曲のオンパレードで、オーケストラもなんだか爺さんばっかりで、なんだか楽しそうに演奏しとったねえ。
中尾ミエ氏のプロデュースとか。この人が10歳代前半でデビューしたとき、遠藤周作だか誰だったか忘れたが、「もう10数歳で出演前の気迫に満ちた表情は、大人の演技者以上の集中で自らの人生に向かい合うオーラで輝いていた」(全然うろ覚えであるが、まあそんな意味のことをもっと名文で)書いていた。あれから60年たって、この舞台は生涯一筋の芸道を歩んできた証みたいなもんで、敬服の至り。
婆さんによると、「去年、最初にやって、『私たちまだイケるじゃん』ということで、去年は出番をセーブしてたのを今年は増やした」とか。見にきていたのは大半が、我ら同様の世代だが、皆、帰りには、きたときよりシャンとしてたげな。あはは。
もっとも去年からこの脚本を書いた爺さんは、その後、昇天してしもて、本番の公演は見られなかったそうだから、主役連も、客の方もどうなるかわからんねえ。来年もやるかなあ?
わしらも元気やったら、また見に来ようかねえ、ばあさんや。(^^;)
2018年08月28日 22時58分
もう写真は孫が来た時ぐらいしか撮らない。それも、みなiPhoneか、壊れたアンドロイドスマホなんだが、そうはいうても、たまにデジカメの方がいいなあ、という機会はある。
ハイキングとかだとiPhoneにひ弱な三脚もどきをつけて、コロリンとおっこってしまったりする。また、iPhoneは9割かた、「中国語学習機」だから、なんか撮りたくなったとき、カメラにするのが面倒。
で、ハイキングやサイクリング散歩にはデジカメをいちおうもっていってた。まあ、デジカメでもおっこちて壊すが、修理費がiPhoneの方が高いがね。修理費でデジカメの中古が買える。
でも、ルミックスFX-9を、この春、自転車走行中に落っことして、昇天させちまったので、現行機はリコーのGX200と富士のファインピクスJX。どっちでも写ればいいとは言うものの、GX200はスナップに向かないし、ちと大きいし、スマホに慣れきった身としては、もう持って行くのが嫌である。で、900円で小さいおもちゃの台湾製カメラを買って見たが、これはすぐ壊れた。(同じものが500円で売ってたからまた買ったけどw)
で、富士のJXはこれも10年前に、信州をツーリング中、ルミックスを落として、急遽、ヤマダ電機で一番安いから間に合わせに買っただけあって、電源スイッチとか、よろず使いにくい。でも、もうカメラ買いたくないから、使おうと思ったら電源が入らない。
ポイか…と思ったが、念のため、中の電池を取り出して、先代の遺産のテスターで測ったら、なんのことはない電池の方が寿命だった。もっとまえにかったパナソニックの電池はまだ皆、生きてるのに、ひ弱い電池である。
そこで、Amazonをググったら、同じタイプの電池が、純正品は3400円もするのに、代替え品はなんと2個900円ではないの。結構評判もよろしい。ってんでポチ。
使いにくい、しかも壊れてないとは保証できないコンデジに、投資するのもなんだけど、まあ、新しい電池いれてみないと、壊れてるかどうかすらわからんから、仕方がないねえ。それにしても、新品の純正といくらなんでも値段が違いすぎるで。ほとんど8倍とはひどい話…なのか?それともこんな安い競争相手がおるようになったから、日本人の給料は20年間あがらんのか?
2018年05月10日 20時17分
4月初旬、なんと冬の到来からこのかた、腰痛の3月までに、体重が75kgを超えているのにショックを受けて、花粉の季節がやや峠を過ぎた10日ごろから、減量トレ開始。雨ニモマケズ、風ニモマケズ、と言いたいが、実は雨には負けて、風にはメゲテ、ではあるが約ひと月。ようやく73kg〜72・5kgぐらいに到達。
一昨日から、昨日は雨だったので、本日午後から晴れたから早速自転車トレーニングへ。本当はiPhoneで中国語語学講座一週間分を聴きながら歩くのが一番なんだが、どうもこの間、頑張り過ぎて左足のアーチにう違和感がある。こういうのは年寄りは軽視すると、たちまち悪化してえらいことになるので、エンゼルスの大谷選手より、もっと気をつけないといけない。よって、自転車。
4日前には、多摩川沿いのサイクリングロードの立川側の終点まで行ったから、本日は、多摩丘陵コース。府中競馬場から是政橋を通って、新大丸交差点を直進し、そのまま城山公園まで駆け上がる…というと聞こえはいいが、なに、よれよれとよじ登るサイクリング。しかし、このひと月、ほぼ毎日、トレーニングして来たから、なんとギア二枚を残して完登できたのであった。ふう。
そのまま、うしさん公園とかめさん公園を抜け、野球場と陸上競技場の未来的環境眺め、多摩市陸上競技場を通って、関戸橋から府中市へ戻って、家までちょうど30kmで3時間。時速10kmやがな。
もうこの距離でも、帰りはちんたらしてると、ママチャリの、おなかのぼこんとでてるアラフォーおばちゃんらに抜かされたりして情けない。こちらは前3後ろ7段のジャイアント製の一応、スポーツ車なのであるがね。
ま、それでもこれぐらい走ると、200gぐらいは、一時的にせよ減るはずなのである。目標は、あと二ヶ月で68kg。がんばるべさ。ふう。
2017年02月25日 15時47分
毎週一回、できれば冬の間には二回ぐらいは山に行こう、と思ってた。だが、実際には1月に2回、二月に1回、奥多摩の山にハイキングできただけ。せめて二月の旧正月が明けたら頑張ろうと思っていたのが、週末に向けて、月曜日と火曜日にステッパーを一時間づつ踏んでいただけで腰をやってしまって、それがなおるのに10日もかかるのだった。70歳の声を聞くとボディの回復の遅さも、壊れやすさも一段階以上、進んでる。
2016年12月03日 10時48分
どうにかやっと陣馬山から、高尾山下山までの尾根ルートハイキングが4度目の挑戦でできた。そのデータから色々見えてきて楽しいわ。
まず、ネットとか地図の案内にある平均時間と自分を比較してみると。
⭐️案内書;(陣馬山〜高尾山コース)総歩行距離、約18.5㎞
目安登山時間、6時間30分※休憩時間入れず
陣馬高原下バス停〜陣馬山山頂 4.4㎞ 80分
⚫️オラのタイム… 2時間。120分。… 5割増し
陣馬山〜明王峠〜景信山 5.6㎞ 140分
⚫️オラのタイム…10時〜12時15分ぐらい。135分。フツーだな、
景信山〜小仏峠〜小仏城山〜一丁平〜高尾山〜一号路〜高尾山口駅 8.5㎞ 170分
⚫️オラのタイム…1時〜4時50分 230分ぐらい。休憩時間が、30分ぐらいあったから、200分ぐらい。 30分余計にかかってるかな。
2016年11月21日 14時40分
つまりはストックですな。それを最近では「トレッキングポール」とかいうらしい。要するに「杖」ですわい。ついに杖を買う歳になったというわけです。
確か30年以上前に、ヒマラヤ一難しいと言われるナンガパルバットに登った二人組の登山家が、両手ストックで驚異的なスピードで登ったのがきっかけで登山界に広まったダブルストックがいまや、平地でおばあさんでもできる「ノルディック・ウォーキング」として世界中に普及したそうな。
で、当然、もうヨレヨレのジジも、去年、一昨年、適当に通販で買った安いポールで奥多摩の低山歩きに使ってみたら、はなはだ使い勝手がよろしい。よろしいというか、これがなかったらもう山は歩けん。それぐらい登り下りとも楽ちんなんである。
ただ、いい加減に安いのを買ったら、長さがどうも女性用だったせいか不足して登りはいいが下りはあまり役に立たない。使い勝手もギリギリまで伸ばそうとするとスポンと抜けるからイマイチよろしくない。で、新しいのを買うことにしてAmazonでしらべてみるとびっくり。安いのは確かに3000円ぐらいなんだが、お高いのは1万円が最低で、3万円なんてのもあるでないの。この手のもので銘柄品と言えば「Leki」だが、なんと安くても13000円ぐらいする。
要するにただのアルミのポールのつなぎ合わせだから、「強度」とかいうても接合部分の作り以外に、そんなに違わない。なのに、この値段の差はなんだと、こないだ新宿に実際に見に行ってみた。で、いろいろみてるうちに納得した。
要するに長さ調節の機構。従来のやつはネジるわけだが、最近のはバヨネットになっていてワンタッチで長さを変えられるんだね。そして材質も軽量のカーボン素材になると高くなる。さらに一番高いのは、ヌンチャクのように紐で繋がっていて、エイや!とひっぱるとたちまち一本になってくれる。リリースボタンを押すといっぱつでバラバラになる。こうなると2万円以上する。
うーむ。これは・・・確かに、本格的な山なら、時間は貴重だし、重さも軽いほうがいい。長さも短い方がパッキングは断然楽だから、難しい山に行く人にはそれだけの費用をかけてもその値打ちがあるんだろうな。しかし、こっちは爺さんがヨタヨタと高尾山の裏あたりでハイキングするわけだからねえ…この値段はちょっと出せない。
で、踏ん切りがつかず、そのまま時々、ネットを見てたら、やっとフツーのごく当たり前のLekiで6000円というのがあった。なんの変哲もないネジ式で長さを調節する昔ながらのやつ。これなら、安い中国製らしいポールの倍ぐらいの値段だし、分相応というものだ。
誤算だったのは、道の草花をいためたりしないようにつけるゴムキャップ。高いけど、しかたない。900円で注文したら一個しかとどかない。片方だけあってもしょうがないから、仕方なく、もひとつ買ったw。(暴利ですな、こりゃ)。結局、合計すると8000円と、相当お高い杖になっちまった。が、まあ、ワンタッチ式だと最低でも12000円とかするから、これでも経済経済、と無理に納得する。
ワンタッチは便利だが、低山歩きなら、別にクルクルポールを回して長さを調節する数分間なんてのは、むしろ一休みできて年寄り徘徊にはいいぐらいだ。さて、これを試しに近々、陣馬山にでもいってみるとしよう。(写真は、赤い方が短すぎた安いポール。130cmは必要。これは110cmしかないw)
2016年03月08日 12時07分
庭でタバコ吸ってるとクロッカスが一輪、手入れもろくにされない花壇の残骸のようなところで健気にも咲いておる。春が来た…とおもたらスマホが壊れた。昨夜、アップデートしろというからしたら起動しなくなっちまった。春の気分を味わう暇もなくネットで検索して台湾の会社のサービスセンターに電話したら、やっぱりツイテルというか一発で電話がつながった。こういう幸運は喜ばねば。前回は三日かかった(^^;)。
結局、修理に最長2週間とか。わがRPGクイズ部隊は去年のダルビッシュのごとく長期療養に入ってしまっておまけに情報保護のために届いた修理品は全部フォーマットするちゅうから、あるいはもう永久に再開できないかもしれないなあ。正月から2ヶ月かけて育てた精鋭部隊なんだが。ま、そういうこともあるから他のもう使ってないスマホや、iPadで2軍、3軍を養成してあるからええのだがね。
しかし、まあ、現役でスマホが2週間アウト、なんてことになったら大変だろうなあ。こっちは粘菌退色ジジイだから別に、まあええか、てなもんだが。いや、スマホ屋はsimカードは外して送ってくれというのだが、Android携帯ってえのは、あの赤ん坊の爪ぐらいのカードを一旦、外したら最後、もう2度とちゃんとはめられないぐらい年寄りには難しいから、「壊れてもええからそのまま送る」と押し切ったのであった。そのほか、「購入した時の領収書を添付しろ」というから、アホか、んなもんあるわけねえだろ、と一問答。これも現役だったらカッときて怒鳴りつけてるところだよ。
ゲームはまあ惜しいけど、そのかわり最近、息子がみつけてきた「Anki」という単語帳メモソフトがあって、これに中国語や英語のテキストでおもしろいとおもってるのをほうりこんでいるうちに何百題かたまって、毎日やってると結構RPGゲームなみにおもしろい。最近ではゲームと半々でこれを楽しんでいるから、スマホショックもだいぶ軽くてすんだ。
でも、やっぱり仕事でつかうなら安いフリースマホはやめたほうがいいね。いろいろ新機軸の機能がついていたり、iPhoneより薄くて軽いとかいい点もあるんだけどね。バックアップ体制が全然ちがうからシロウトは手をださんほうがええとおもうな。ジジも次はiPhoneに戻ることにする。もっともそれより先にこっちが壊れちまうかもしれないがな。ま、クイズで脳みそメンテ、ヨガでボディメンテにいそしもうとおもってござる。
2016年01月05日 09時55分
新年、明けまして新春の風にのって痛みの神様がご到来。
元日から左足のくるぶし内側にかすかな違和感。ここはむかし、刃物で怪我したことがあって嫌な思い出がある。「ジジイになると古傷が冬になって痛み出すというがこれかあ…でも今年はそんなに寒くないのにねえ」と。二日目にはもっと重い鈍痛に。さらに三日目の夜、布団の中で寝返りを打つのも痛いし、みると赤く腫れている。
どこかで捻挫したかなあ、記憶がないが最近はボケて記憶もあぶないし、しらないまに足首をグネったらこうなる、というような。で起き出すともういけません、左足が痛くて地面につきがたい。ビッコ歩きになっとるがね。で正月4日の仕事始めは医者通い。隣町の老医がばあさんがお気に入りというのでいってみた。自転車で足をつくのも痛いね。バイクは無理だわ、こりゃ。
年をとって漫画にでてくる老医にぴったりの医者は赤く腫れあがった患部をみて「私どものほうではまず痛風を疑います」とすぐいう。なんと、痛風。こちらは外傷とか筋肉の筋とかそんなことしかおもってなかった。あらら、痛風ってなんだっけ?と頭の中の引き出しをあちこちさがすが、「尿酸」「贅沢病」「慢性病」「激痛」…とか程度の断片がチラチラするだけ。
でレントゲンをとって医者がみると「足首のケンとかははずれてますから、痛風か仮性痛風の疑いがあります」と。両者の違いは尿酸かそれともナントカかるしうむかという違い。痛みにあまり変わりはないらしい。結局、鎮痛剤みたいなのを処方されて、ガンガンのんだら1日で痛みは消えた。名医であるな。腫れと違和感はまだ残っているが、ビッコでもなくなって片足をひきずりがちにあるくおじいさん、程度に回復。いまの薬ってなあすごいもんだ。すごいもんだが、しかし原因は尿酸は発作が起きた後だと調べても減ってるから意味がないというのでに三ヶ月後でないとわからないと。もし仮性の場合は尿酸とはなんの関係もないからまたこれはこれで治療がむずかしいらしい。
どっちにころんでも新年早々あまりいいすべりだしではないわいな。それに原因となる「プリン体」というのはよろずうまいものにみなどっさり入っておるらしい。刺身、焼き鳥、エビ、タコ、イカ…なんてえ自分の好物は特にイケマセン。ビールもだめぽ。こりゃあ食生活は一変しそうだ。しかし、昔は王侯貴族がかかった病気てえいうけど、食生活はいまや庶民でもそんなもんだもんねえ。
けさの朝日新聞にカラー見開き全面広告で樹木希林がオフィーリアになって「死を疎むことなく、焦ることなく、ひとつひとつの欲を手放して身仕舞いをしていくのです」というのがあったが(宝島社、としか書いてない、なにがなんだかようわからんがおもろい広告ではあった)えらくええタイミングだなあw。
でも、ここ数年、同年輩の友人がつぎからつぎに結構な難病にかかったり、気の早いのはあの世にいっちまったりしてて、自分だけえらくピンピンしてるんでなんだか申し訳ないような気がしていたし、結構結構、タコ、イカ、エビ、ビール欲を手放せばええんじゃな、と納得している。これで病気の先達や友人に引け目がなくなり、大威張りだし。 うまいもんにさほど執着のない身としては、タバコとウィスキーは関係ないと知って「まあ、ええか」…あら、はやくもこれまでアホちゃうかとおもとった他人の病気自慢の気配が自分にも芽生えとるw。
2015年11月23日 09時24分
山なんてもうこの歳で別にたいして行きたくないんだがうっかり登山してきてしもた。去年、イングレスの山登りに凝ってた時、グーゼン、小学校から山なんぞにいったことがないという元若い衆の今はもう大おっさんになっとるのがおって、「そら一度ぐらい山登りしなはれ、この国は7割山やしたのしまなそんや」みたいなことをうっかりいうてしもて、そやつがすぐさま何万円もする登山靴をオーダーしてしもた、ちゅうんで(今の登山はズック靴でええのだ)、高価な登山靴に義理をたてて一度は連れて行かないといかん羽目になっちまった。
そうはいうてももう山なんぞよほど別の、たとえばイングレスのポータルゲットみたなオマケでもなかったらいく気がしない。それもこの半年さぼりっぱなしだ。それに奥多摩の山って杉がおおくて暗い山だから、へたに登っても山がきらいになっちまったりする。ばあさんも従姉妹もそうだった。
そこはまあケーブルカーで登れる高尾山か御岳山なら、一度で山嫌いになっちまうようなことはなかんべ〜と。ただそれだけでは山登りにならないので、そこから高尾なら小仏あたり、御岳山なら大岳山(おおたけさん)あたりを選択。ちょうど折から「日本に百名山」で大岳山に田中陽希氏があっという間に駆け上っていたから、ここにしよというええかげんな選択。1,266.5mだがなに、ケーブルで870mだかまで上がれるから、その差は400程度なら、春以来、山なんぞ全く入ってないがなんとかなるべい。
…と思ったのはやっぱり甘くて、散々でまず御岳駅の前のバスに200mの行列ができとる。よう考えてみたらジジになってからは休日に観光地にでかけるなどという愚はこれが初めて。しかもこの秋最後の連休じゃないの。いやすごい人だねえ。しょうがないから、バスを諦めてケーブル駅まで2kmほどあるいたが、これが400mぐらいのところにあるからもう坂をあがるだけで顎をだしたわい。相棒は感心に日頃、9階までエレベーターを使わないで階段で上がって鍛えておったという成果で結構快調に上がっていくね。50近いおっさんにしては感心だ。
まあ、そこは小学生の遠足のメッカでもある御岳山、関西でいえば六甲山みたいなもんだからありがたいケーブルカーで一気に800mまで上がってやっとこさ大岳山をめざしはじめたのが正午ごろ。のんびりしたもんだ。コース地図だと2時間ね。往復で3時間。まあ、昔ならたいしたことはないんだが、もう火野正平爺さんより自分のほうが年上であるから、さすがにしんどいねえ。
途中、両ストックで50歩あるいて20秒休み、30歩歩いて10秒休み、みたいなまるでエベレスト登ってるようなゼイゼイハアハアであるな。どんどこ登山なれした花の百名山派らしいおばさん、ばあさん、おねえさんにおいこされる。ま、相棒も15年かけて青梅マラソンを走ったという経歴だから「いや、なれてますから」と。うん、ああいうのをはしると目の前の腰が曲がったばあさんがいて「こんな年寄りが走ってだいじょうぶなのか?」と心配してると、それに次第に引き離されるんだよね。まあ、女性のつよいこと。男も結構同年輩で快調にあるいてるのがいる。山ジジであるな。
おまけにこの日は曇りというが、おなじ曇りでも期待していた眺望のある曇りではなくて、全然な〜んもみえない曇り。とうとう頂上まで景色などまったくみえなかった。晴れたらスカイツリーでもみえる場所なんだがな。
結局、行きは2時間、帰りは1時間で御岳山から往復はできたものの、あまりののろさに、本来なら五日市方面にぬけるはずがピストンでおしまい。かえりも列をなすケーブルカーで降って4時半ごろ御岳山駅に。うまいぐあいにホリデー快速がきたので一気に戻れたが、本来ならどっかでビールでものんで乾杯といきたいが、小学校のころ大山に登って以来、という相棒もいまビール飲んだらコテンと寝ちまいそうだというのでそのまま解散。しっかり風呂にはいってマッサージしておくようにいうといたが、どうだかな。
こちらも帰宅して風呂で足をしっかとマッサージしてヨガのストレッチをして、と翌日の筋肉痛に備える。そなえたってやっぱり翌日の今日になると体のあちこちが段ボールでできとるような感じがつきまとうが一応動けるからまあよしとしよう。
こういうのを毎週つづけていると3月ぐらいで結構な山ジジになれるんだけどねえ…奥多摩ってなあいまいちおもしろくないのよね。でも冬はシーズンだからいいトレーニング場所ではあるんだが…。もう一度ぐらいシーズン中にいってもいいけど、さてケーブルカーのあるところはもういきつくしたし、雲取山の三峰のケーブル会社はつぶれちまったらしいしな。
ところで熊よけ鈴をつけている人が結構いたが、いまの熊よけすずはいい音がするねえ。この時期、大岳山あたりではいらんだろうとおもうんだがあの巡礼風の音はいいな。ひとつ買おうかしら。