JOURNAL SKIN
by : DIGIHOUND L.L.C.

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Higashinada, Kobe, Hyogo JAPAN

2019年02月21日 18時22分 | カテゴリー: 総合

京都に耽る

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夕暮れの京丹後の網野町。左は城崎、右は丹後。こんな時刻の街を 歩いてみたい
古都としての京都ではなく、その田舎には何の変哲もない旧い日本の風景が色濃く残されている。
目につくのは竹の多さ、それは植生なのか、あるいは竹を利用する文化があるのだろうか。
それと柿の木と欅が多い。竹と柿と欅は田舎の風景の三種の神器のようなものだと思う。
 それらの樹木が絶妙な配置で、農家などのたたずまいも落ち着きと風格がある。
関東にはない板塀の家屋が多く、それも風景の落ち着きに一役買っている。けばけばしい建物がなく、調和がとれている。集落の中心にお寺があることが多く、黒の瓦が殆どで好ましい。
地元のひとに「いい景色ですねえ」と言うと「どこが?、田舎はどこへ行ってもこんなもんでしょ」という反応が返ってくる。暗黙の裡にこういう景色を善しとして、長年のうちに沁みついているのだろう。

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田んぼの向こうに海がある。。太平洋岸はテトラポットの向こうが海

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ここが静御前生誕の地 かならず立ち寄るところ

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数年前の雪。。この寂しい海を見て育った静  その愁いを帯びた美貌。。

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褥の床にまで届く海鳴りの音  それは都で想うふるさとの音。。20190219-kipae6912_00001.jpg

網野を経て丹後半島先端の経が岬を回り込んだあたり

舞鶴、小浜の先に敦賀半島まで見えてくる

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伊根の夕暮れ

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必ず行くのが京丹後地方と舞鶴で、その重厚さに背筋が伸びる想いがする。今津や綾部などという地名にも独自の響きがある、そして由良川。。この流域に憧れた。
 その河口近くには山椒大夫の伝説がある。小学校の国語で、この物語を読んだが、その哀切極まる物語を、なぜ子供に読ませるのだろうかと疑問に思った。そのインパクトとともに森鴎外が夏目漱石よりも好きになった。
 伝説をもとに鴎外は残酷な場面を省いたらしいが、いたいけな安寿と厨子王のこの運命はあまりに過酷である

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安寿姫塚にあった絵。千年の時を経て、江戸時代でもすでに古典に属する。
山岡大夫に拉致された安寿と厨子王が、佐渡へ送られる母親と引き離される場面

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今津あたりからの日本海 佐渡は雲の彼方

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農家の畑のうしろに日本海 ここは海のふるさと

20190220-hujhe6189_00001.jpg丹海バスが走るところ 雪ふりしきる公民館まえバス停

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由良の名をつい撮りたくなる 丹後鉄道の橋梁を潜ると由良川に出る
厨子王が芝刈りに働いた由良岳の麓。。過ぎた夏にその頂に登り、頂上で一夜を過ごした

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由良川のほとりに山椒大夫の屋敷跡がある

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史実では三庄大夫の銘 。。

 
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江戸時代の儒学者 貝原益軒はこの地に憧れ 訪れた際
すでに7世紀の痕跡は歳月の風化に任せ 僅かな痕跡を残すのみ。。

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千余年のむかし。。逃亡を企てた姉弟が三庄大夫に捉えられ 額に焼き鏝を刻まれる凄惨な場面。。
鴎外はここを悪夢の出来事とした。。悲運の姉弟への鴎外の想いと そのやさしさが偲ばれる

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雪降る古跡。。千余年のときの流れ。。
この地への貝原益軒、鴎外の想い ここにあるのは 無為の静寂

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舞鶴を出た京丹後鉄道の踏切

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この先由良川を越え 丹後由良駅にむかう線路

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由良川のながれ 三庄大夫屋敷の対岸あたり

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由良の河口 京丹後鉄道はここを長い鉄橋で渡る
由良岳は後ろ雲の中  この鉄橋を渡る列車の音が 頂上の夜、テントまで届いてきた

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舞鶴へ向かう 由良の向こうの屋敷跡が雪にけぶる

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ほどなく行った 由良川の右岸に安寿姫塚がある

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京丹後鉄道を潜ると 舞鶴への古道の坂がある 安寿が越えようとした かつえ坂。。

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かつえ坂に遺る安寿と厨子王の絵
厨子王逃亡の際 弟に道筋の教示の図か?
姉弟のこれが 今生の別れ。。

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かつえ坂にむかう 安寿の足跡。。史跡によれば安寿は空腹と疲労により
坂で息絶えたとされるが、鴎外はこの奥の池に身を投げたとする。。

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池のたもとにひっそりと 安寿の塚

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雪が舞う 舞鶴に着く

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ふりしきる雪のなか 潜水しての漁

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時代を感じさせない この重厚な光景  京都は日本海を向いている

執筆者: kazama

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