JOURNAL SKIN
by : DIGIHOUND L.L.C.
〒658-0001
Higashinada, Kobe, Hyogo JAPAN
京戸山から御坂までの尾根を辿る続き。前回は摺針峠の古道を探り大沢山まで歩いた。
大沢山から先に女坂峠があり、切れ落ちた尾根が悪いらしく気になっていた。尾根は急峻だとしても縦断する峠道が悪場だった筈がない。古来の女坂峠がどんな経路をたどっていたのか...あわよくば里から峠に立ってみたいと思った。こういう探索はバイクなしでは成り立たない。
御坂町藤ノ木からの女坂峠への径路として金川の支流である刈置沢と見当をつける
のっけからの廃道模様に刈置沢の所以なのか茅が生い茂る
そこに台風の大水が流下した溝があり、すでに難儀する。
作業場が閉鎖されたのか置き去りにされたダイハツデルタ2000 ディーゼル3リッターのパワフル。5速110㌔とあった。
そこから先は道が河の跡のようで、むしろ道を外れないと走れない。
セローならできる。。セローなら行ける
試行錯誤の末、刈置沢の源頭に着く。地形図によればこの上に女坂峠があるはず。早速堰堤に阻まれ古道の痕跡など望むべくもない。ここは右岸を登ってみる。
堰堤の上からは女坂たる所以か、比較的傾斜が緩く穏やかな様相。忠実に沢目を辿ってゆくが古道の形跡はまったくない。
谷は右曲の様相だが上部に石積みを発見。しかし上部で消滅するからまさか古道とも思えない。崩落防止の昔の堰堤だろうか。
岩場に阻まれ沢筋は更に右に。
傾斜は強くなるが上部にスカイラインが見えてくる。左に突き上げると女坂峠なのか。。
更に登るとポールらしきもの。。あれが女坂峠なのか。。まるでマッターホルンの十字架が見えたような嬉しさ
ついに女坂峠に到着。正面に堂々たる滝子山。下る道は皆無だが昔の人はここを笹子へ下って行った。どんな目的でこの峠を越えたのか。。この景色をどんな想いで眺めたろうか。
女坂峠を尾根伝いで通過した人はいるだろう
しかし本来の谷から人が登って来たのは何十年ぶりだろうか。
前回の到達点である大沢山まで北西に登る。ここから笹子までの下降ルート標識に踏み跡不明瞭とある。
ここを前回登って来た。樹間からすでに懐かしいボッチの頭から京戸山。。ここから摺針峠まで夕暮れに追われ、ひたすら落ち葉を踏み、カサコソと歩いたあの日。。
長かりし あの山路 愉しかりし あの径
甘美な、すでに愛おしいあの日
懐かしい大沢山をあとに この径路の難所と言われる女坂峠の切通しへ向かう
まだ見ぬ難所に緊張する登り
笹子側が切れ落ちてくる
傾斜は70度ほどか。。見えない上部も急峻
木の根が露出して掴めそうだが降雪すると厄介そう
登り切りホッとして目標の1445峰を目指す
振り返ると大沢山。。またいつの日か
1445峰は伐採して裸地に送電鉄塔が立ち風情もなく、座りもせずに引き返す。女坂リッジ(笑)の下降が気になる
リッジの下降にかかる。この下は斜度が増し見えない。虎ロープと木の根を掴みながら慎重に下降する
降りきって振り返るとたいしたことない(笑)
女坂峠からの下降は 謎の石積みを探索することにする
近寄って見ると上下二段の石積み もしやこの間が、かっての峠道だろうか。だとしたら無名に近い峠にしては立派すぎる。もしや必要があって牛馬まで行き来していたのだろうか
コンクリートの基礎のようなもの
立派過ぎる石積み いかにも道じみている
これが里へむかう峠道だろうか
急傾斜になり 石畳状の岩めいたものが。。
かなりな急傾斜 崩れた石段の様な感じ
植林地になり更に立派な基礎 ケーブル施設のものか。。
植林地のなかの急勾配の路。右の岩は削ったような?形状
石段の遺構があった
峠道らしきものはここでいきなり亡くなる。見えるのは鎌倉街道方面から遠くに南アルプス。すぐ下の林道開削工事で消滅したのだろうか。。
林道より下に いかにも古道らしき径
やっとバイクが見える ずっと待ってくれた(笑)この忠実な相棒に女坂峠に辿り着いたと報告する
鎌倉往還近くから女坂峠方面を振り返る。ここから刈置沢の古道を辿り、峠を越えて笹子に至る。。想像するに半日行程 なんの目的で、この径路のそのわけは、すでに時の彼方
あの深いギャップが女坂リッジ、その右が今回到達点の1445峰と6号送電鉄塔
執筆者: kazama
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