JOURNAL SKIN
by : DIGIHOUND L.L.C.
〒658-0001
Higashinada, Kobe, Hyogo JAPAN
翌日は快晴のなか、北鎌沢をつめ、コルに到達し核心部に入った。北鎌尾根の難関は独標(独立標高点)の通過である。次第にボリュームを増す、独標の巨大さに圧倒されながら登った。槍ヶ岳に着くまでは水は得られない。ここで一番大切なことはルートの把握と節水である。
独標の登りにかかり気合を入れなおす。直登ルートはハ-ケンがずっと上にあり、困難なので側壁のトラバースにした。緊張のトラバースでホールドを探している時、ズシンと腹に響く轟音が襲ってきた。巨大落石!と思った、単発の落石ではなく、独標全体が崩れ落ちるかのような轟音の岩雪崩である。よりによってこんな時に!…私は一瞬、神の怒りを感じた。岩雪崩は、このホールドごと大音響とともに崩壊してしまう恐怖に首をすくめ、次の瞬間を身を硬くして待った。
しかし、巨大落石は落ちてこなかった。雷鳴か?と思ったが、量感のある音の中から鋭い金属音が突出した。聞き覚えのある音。それは、ジェットエンジンの音だった。ようやく周囲を見回すと、私の眼下を航空機が飛び抜けていく。轟音の主は、NAVYのA-6イントルーダーだったのである。突如として天上沢に突入した侵入者は、J52双発全開の気違いじみた爆音を、夏山最盛期の国立公園に撒き散らした。音は天上沢全体に反響し、岩雪崩のような轟音に発展した。通常の縦走路ならまだしも、落石の巣のような独標に取り付いていたから舞台と演出効果は満点である。
A-6は天上沢を湯俣に向かい、深いバンクでトレースする。行く手には、高瀬ダムの手前の高い山がある、どうするのかと思ったら、グンと機首を上げ、急上昇し向こうに消えていった。
その間、何秒だったろうか … 私達が疲労困憊して辿った高瀬川の道を、あっという間に飛び去っていった侵入者。私は唖然としてA-6の消えていった空を眺めた。今のフライトは訓練だったのか…。並列複座・前方視界抜群のコックピットから、天上沢はどんな風にうねり、そして正面を阻止する山を急上昇して跳び越すとき、二人はA-6への喝采を叫んだのだろうか、、、。A-6は私の家の近くの厚木基地まで、どういう経路で帰ったのだろうか。
これまで様々なデモフライトを見てきたが、私はアクロバットチームによる統制の取れた華麗な演技よりも単機での荒削りなフライトが好きだ。しかし、それでも飛行場でのどんな派手な機動も、北鎌尾根のA-6のインパクトにはかなわない。車も電車もない、徒歩だけの自然の中で、轟音とともに私の眼下を駆け抜けていったイントルーダー。それから25年を経た今でも、その残像は鮮やかである。私はおそらく、死ぬまでそれを持っていくだろう。
A6一族で残存していたEA-6Bも、2012年2月14日、厚木のVAQ-136が帰国。修理のため残っていたNF501も、4月12日に帰国し、EA6Bの厚木での任務は完了した。長かったA-6の時代も、終わるとなれば奇怪なフォルムにも愛着を感ずる。A-6には古さを感じない。その時代特有のフォルムというものがあるが、A-6はその何処にも属さない。カッコよかったF-4にはもう旧さを感ずるがA-6にはそれがない。まだまだ新鋭機といっても通用しそうな、依然として難解なフォルムである。 時代に流されない独創性 ── それこそがA-6一族の美しさなのかも知れない。 2013/10/08
執筆者: kazama
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