JOURNAL SKIN
by : DIGIHOUND L.L.C.
〒658-0001
Higashinada, Kobe, Hyogo JAPAN
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南アルプス野呂川左岸の鷲住山は登る山ではなく降りる山である。
冬季の北岳を目指す登山者は夜叉神峠から長い林道を歩き、野呂川に張り出した急峻な鷲住山を一気に400m下降し、対岸の池山吊尾根に取り付かなければならない。
夏山の期間は広河原という恵まれたベースから容易に登れる北岳も、冬山となると格段に敷居の高い山になる。 のっけから急下降で始まる登山というのはモチベーションが下がりそうだが、これも冬山という自虐的な(?)遊びのプロローグなのかもしれない。
鷲住山の山容はとても険しく、野呂川まで一気に切れ落ちた高度感と、逆に川床から見上げると、そそり立つ威圧感に圧倒される。その荒鷲の要塞といった形相は、いったいどこからこの山を登下降できるのかと不安になる。
永年の間、この山は私にとって、百名山などよりずっと気になる存在だった。
無雪期にこの山を歩く物好きは滅多に居ないが、林道が冬季閉鎖になる前にと思い、積年の興味深いこのルートを歩いてみた。
林道からすぐ岩の痩せ尾根になる、真下といえるほどの角度に野呂川の白い河原が見え、この尾根がいかに急峻なのかと緊張する。近年に設置したと思われる三段ほどの簡素なハシゴがあり、それがなければちょっといやらしい箇所なので有りがたかった。
頂上近くに林業架線の鉄骨が建っていた、しっかりとセメントの基礎が打ってあり、鉄骨を人力で揚げたのだろうか、深い山中の随所に、こうした労働遺跡とでもいうものがある、そのほとんどが語られてもいないが、その想像を絶する難工事に絶句する。
電話線らしきものがこの尾根上を走っていて、時には捉まらせて貰いながら歩く。期せずしてルートを示すありがたい存在だった。 頂上の標識もないまま下りになると、さすが急峻だが困難という程でもなく、ルートを示す赤布も適度にあって不安はない。
半分ほど下ったと思われるあたりで野呂川から見える2本目の送電鉄塔に着く。一気に展望が開け、目前に間の岳と農鳥岳が迫る。送電線の行方は野呂川左岸かと思ったら更に高度を上げ、対岸の農鳥から派生した滝の沢頭山の山腹に向かっている。早川を遡るヘリにとって、高度1000m近くで谷を横断する送電線は最大の要注意箇所だろう。
雨の日にはその名の通り滝の沢頭山北面から落ちる急峻なルンゼには幾筋もの滝がかかる。落差は300m以上もあろうか。一の倉沢を思わせる日陰の陰惨さに呑まれる。私がクライマーならチャレンジするだろうか---もっとも完登しても尾根上に登山道がないから対象にならないのだろう。
( 遠かった吊り橋 )
川音が近くなり樹間から細い吊り橋が見えた、その下は小規模のダムになっている。その心細い吊り橋を渡り、対岸の林道まで上がるのが今回の目的である。ところが赤テープの向こうが極めて強い傾斜になり、降りるのを躊躇するほどだ。しかもその先には赤テープが見当たらない。 肝心なところで赤テープがなくなる---そう思った時は大概自分のルートミスである。 少々うろうろしてからGPSで引いてきた軌跡を戻り、一本目の送電鉄塔の所に行った。果たしてこちらも赤テープがあり、同じくその先が急傾斜で分かりづらい。 かなりタイムロスしてしまったし、強引に下って吊り橋を渡ったとしても対岸の林道に上がる道は悪いらしく,事故の前例もあったという----。帰りの時間も心配だし帰省している双子の顔も浮かぶ---。このさい一応は鷲住山を下りきったのだからと自分に言い訳をして戻ることにした。
登るにつれ沢音が小さくなり急登の1地時間半、再び林道に戻った。しかしこれが冬山本番の重装備の帰路だったらどうだろう、登山を終えて野呂川に降り立ち、ほっとして気が緩んでから、この鷲住山の400mの急登がどれだけ応えるだろうかと想像してしまう。
結局のところ野呂川を渡ることができず目的を完全に果たすことはできなかった。現地では95%ぐらい歩いたことだし、これで完了と思っていた。しかし日が経つにつれ、自分の不甲斐なさが癪にさわってきた。---では野呂川の対岸から吊り橋に降り、逆から渡って鷲住山を登ったらルートが判明する---そうだ、そうしよう---結局いつも往生際でこうなるのが私です。
執筆者: kazama
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