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2017年08月04日 14時30分 | カテゴリー: 登山

六根清浄

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この山の大変さは単調ゆえ.はかどっている実感がなく.精神的にめげやすい事に尽きる。

草木一本ない大斜面を.ひたすら堪えて歩く。登山の原点を.これほどシンプルに問われる山はない。

それを訓練とか修業と捉えるなら.格好のステージである。しかも到達点は日本国最高点という精神的達成感もある。

私は富士山を登山訓練として度々登った。写真は御殿場口二号目.長いのであまり利用されないルートである。

テントを背負い.ここから頂上まで8時間.すべてを諦め.ただひたすら歩く。

…富士山は他の高山と違い人種は様々で装備も気構えも千差万別、まさに俗世間そのものである。

しかし普段はろくでもない若者も、小学生も、太ったおばさんも。ここでは頑張っている、そうするしかない。

ここではお金の効能がなく、秘密の近道もない、ずるい行為のしようもない。あらゆる煩悩の入り込む隙間がないのだ。ただひたすら歩くしかない、極めてシンプルな、そして平等な境地に追い込まれる。

やがてふと、恍惚感のようなものを感ずる時がある、なにもないピュアな世界を垣間見たような気になる、、、

  富士山に登るとき、みんな善男善女になる、人間はなんと純真な生き物なのかと思う。

  夏のひととき、3776mの高地に、善なる俗界ができあがる。

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執筆者: kazama

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