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ひきこもりというと若者が学校にいけないとか、若者世代の社会現象というイメージがある。しかし手が打てないまま時間は経過し、引きこもりも高齢化している。
内閣府の発表はなんのことはない、引きこもり年齢を39歳までと捉え、40を超えた該当者が外れただけである。
このような調査になんの意味があるだろう。意味がないだけでなく、数字だけが独り歩きし経済の活況による成果だとでもいいそうである。
現政権にはそういうところがある。そして弱者への根本的理解がない。持論によく出てくるのが「上が潤えば必ず下に波及する」というが、大企業の利益が上がったら下請の条件を改善するだろうか、数量の上乗せを仕入れ単価を下げる交渉材料と捉えるのではないか。それが企業というものの生存本能である。それどころか仕入れは海外、生産拠点も海外なんていう時代であり、そう簡単ではない。
つい数日前の地方新聞で80/50問題と表記があった。80代の、引きこもりや障害を持つ子を抱えた親が、ハンデを持った子も50代になり、自分の年金がなくなったら生きていけない、そんな子を残して死ぬわけにいかないという切実な問題である。
これらの問題を解決するのは本当にむつかしい、社会の重い荷物であり課題である。だからこそ臭いものに蓋をするようなことでなく、広く実態を社会に認識させ、人の良心と善意を味方にしておかなければならない。いつ自分も弱者になるか分からない。
銀座の某土地価格がバブル期を超えたというニュースが、さも政策の成果だと言わんばかりだが、一方で地方は地価下落と耕作放棄地だらけである。
この期に及んでまだ集中と過疎が進んでいる、経済政策というとそれしか手がないのかと悶々とする。
執筆者: kazama
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