JOURNAL SKIN
by : DIGIHOUND L.L.C.
〒658-0001
Higashinada, Kobe, Hyogo JAPAN
父が保管していた小学校時代の通信簿を実家の兄が送ってきた。
改めていかに問題児だったかを目の当たりにし、打ちひしがれた
振り返ってみて人生最悪の時期だったのは仕事の苦労にもまして幼稚園から小学校低学年の頃だった。
幼稚園には毎朝のように登園拒否をし、親を困らせた。業を煮やした父が、暗い土蔵に入れると脅しても、幼稚園に行くぐらいなら土蔵に入るという私には効き目がなかった。
保母さんが家まで迎えに来ることも度々。父が癇癪をおこし、私を土埃をあげて引きずっていく光景が何度もあったと姉がいう。
保母さんはそんな私をなんとか集団に溶け込まそうとし、休日に街までつれて行き車の絵本を買ってくれたりもした。
私は病弱でもあって度々熱をだした。幼稚園で熱を出し園長さんの家の畳に水枕で寝かされたことがあった。
枕元で園長のおばさんと保母さんが介抱がてら庭を眺めながら雑談していた。私を慰めたり元気ずけようとほめたりするのが面映ゆかった。
私はもじもじするかのようにゴムの水枕の金具の辺りをまさぐったのだろう。その指がロックを外し、水枕の水がいっきに畳に拡散していった。
先生たちのスカートにまで達した水で事態にきずき、「あれまあ、困ったよう」と慌てさせた。
私が金具をいじった結果だと言えなくてだまっていた。介抱され、慰められたあげくの水攻め。。。なんというドジなことか。。
この事件は私の劣等感をさらにつのり、集団不適合の度合いを強めた。
小学区に入ってからはさらに学業が加わり、早生まれのせいかついていけなかった。特に体育の時間が嫌いだった。
それは幼稚園でお遊戯が鬼門だったことの延長で、とにかく人前で体を動かすのが嫌だった。
そのやる気のなさは体にしまりがないという見方もされた。運動会は最悪の日で、親の前で競争でビリをさらけ出す。。
なんどか仮病を装ったが、普段からの様子で見破られ、腹に手をあてた先生に「うそだな。。」と言われれば頷くしかなかった。
やる気がない、努力をしようとしない、意思表示をしない、溶け込まない。。。先生からの評価はそんな言葉がずっと続いた。
つい先般のこと民生委員の研修で発達障害についての講演を聞いた。それはまさしく私のことであり、感慨深く、また懐かしいような気だった。
そんな私が一筋の光を見たのは五年生のときだった。先生の配慮だったかしれないが、車の絵が好きだった私に、修学旅行のしおりの挿絵としてバスの絵を描くよう言われたのだ。
今でもその絵柄は覚えているが。湘南海岸を走るバスのなか、しおりの歌詞をみて合唱するみんなの手に、わたしのバスの絵があるのが嬉しかった。なにかを認められたということの、あれが初めてではなかったかと思う。
今こうして私の子供時代の足跡を見て思うのは、良くこれでやってこれたものだという思いである。
子供心にも、自分はこんな状態で、大人になって世の中でやっていけるのかと思った。
だから人生をやりなおしたいとは思わない、どれだけ幸運に恵まれたことかと思う。その一つはあれだけの弱さの私がいじめにあわなかったことだ。
それは時代背景と、それにもまして農村の子どもたちという環境もあったかもしれない。むしろそんな私をかばい、好きだった絵をほめてくれたのだ。
成人してからの何十年ぶりかの同窓会のおり、サラリーマンになった私に「なんだ。普通の人になっちゃったかのか」と言われたのが嬉しかった。
もちろん変らなければいけないとは思ったし、それは世の枕詞みたいなものである。しかし私にはそんなバイタリティはなかった。
というかむしろ、自分がつくった殻のなか、それは養蚕を営んでいたので繭のイメージなのだが、その甘い柔らかな繭の中が居心地よかったのだ。そこから出る勇気も、また外の世界に魅惑的なものも感じられなかったのだと思う。
どうせ変われないという思いはいまでも強い。
そんな自分がどうにかやってこれたのは、なんとか演じてこれたからだ。社会人としての自分は演技者としての自分だと思う。
内から見た自分と、他人が見た外からの自分と、どちらが本当の自分なのかという問いには答えがないように思う。
三つ子の魂百まで、というように、今でも自分のなかに繭に入っていたい自分がいる、そしてそれがいちばん大切な自分である
子供のころの自分の様子が目に浮かんで、なぜか「あいつ」という他人称になる。あいつのために生きているのだとおもう、一番大切なのはあいつである。あいつの夢をかなえるのが人生で一番大切なことであり、それは私にしかできないことだ。
朝、どこかの家で子供が泣いている声がする。。それは私の胸にキリキリと差し込んで、まるであの頃の自分が泣いているようである。思わず家に駆けこんで、なんとかなるから大丈夫だぞ、といってやりたい衝動にかられる。
そしてどこの誰だかわからない、もはや存命ではないかもしれない、絵本を買ってくれ、スカートに水攻めをしたあの保母さんに。おかげさまでここまできましたと言いたい。
執筆者: kazama
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